ふと旅に出るのが好きで、二十代の頃はバックパッカーとしてドイツを中心にヨーロッパを長期で回りました。そして異国の地で自らを異邦人と実感し、日本のことを学ぼうと思い立ちました。
人間の営みとしての文化に対する尽きることのない興味から、日本の伝統工芸の染色の工房に弟子入りし、工房を離れ20年近く経つ今も師匠とは交流を続けています。
三十を過ぎて日本哲学を学ぶために大学院へ入り、修士論文を提出後、博士への進学を諦めきれず、いったん実家の大分に戻りましたが、自らの年齢等を考え断念しました。しかし、物事の本質を見極めようとする思考習慣はすでに生き方となり、仕事をする上でも指針になってきたと存じます。
転職回数は多いですが、一貫して文化と教育・研究、公益に関わる分野で、とりわけこの社会で生きづらい氷河期世代の文系高学歴女性として、より良い社会と未来を願い、仕事に携わってまいりました。